演出家 木村信司「リボンの騎士」を語る

http://www.sankei.co.jp/enak/2006/longinterview/jul/kiji/12kimuraShinji.html



訪ねたのは木村が脚本・演出を手がける宝塚歌劇団月組「暁のローマ」東京公演初日を翌日に控えた今月6日の午後。モー娘。らもライブ活動などで「リボンの騎士」を離れており、月組公演のほうに集中できるのでちょうどいい。「ははははは」と笑いながら迎えてくれた。

「さあ、なんでも聞いてください」

ほっそりとした面差しは神経質を感じさせるが、言葉という弾丸を弾倉に込めることすらもどかしそうに雄弁。繊細と豪快を併せもつ人なのか。

モー娘。らで手塚漫画の名作のひとつを舞台化する企画にタカラヅカの演出家が加わったのは、ほかでもない。「リボンの騎士」は手塚がタカラヅカの影響のもとに描いたからだ。「君がやりたまえ」。話を受けた歌劇団では顧問の植田紳爾が木村を指名した。

木村は講談社が手塚の全集を出した際に初めて「リボンの騎士」を読んだ。全集は1975(昭和50)年から84(59)年にかけて順次刊行されているから、大学生ぐらいのときだったのだろう。

「少年時代はもっぱら『男どアホウ甲子園』(水島新司)を読んでいましたよ」

“少女歌劇”の演出家になる木村少年は、野球漫画を愛読していた。

今回演出家の視点で読み直し、漫画とはすなわち映像である点が舞台にするうえで大きなリスクだと気づいた木村は、原作の精神を大切にする一方でビジュアル面での“足かせ”は大胆に切り捨てることにした。

「たとえば漫画で主人公のサファイアは、ふくらんだ風船のようなリボンをつけていますが、そんなリボンをつけて舞台に出てきたら疑似アニメみたいで観客はついていけないでしょう。若いモー娘。らが演じるわけですから現代の衣装としても見られるようにしたい」

助言役を務める手塚の長男、眞の「好きに演出して古びたものにだけはしないでください」という言葉も背中を押した。


主要登場人物のうち天使のチンクを出すのもやめた。漫画ではチンクのいたずらが原因でサファイアには男の子の魂が入れられてしまう。今回の舞台ではモー娘。モー娘。として登場し、彼女たちのいたずらが原因になり、ゆえに物語の世界に巻き込まれる設定にした。

「ファンタジーであっても人間の物語であることをきちんと説明したい。天使のチンクを登場させてしまうとなんでも可能になってしまい、困ったときもすぐに助けてもらえる。それは避けたい。困難は困難として乗り切るキャラクターを描きたかったんです」

ファンタジーと現実の螺旋(らせん)構造。これが木村の作劇の基本だという。

「ひとは現実世界とは別にこうなりたいという夢の世界をもっています。人生とはリアルとファンタジーの総体。ファンタジーだけど現実とのかかわりから見てもナンセンスではない作品を心がけています」




一方、あくまで手塚のテーマは尊重したい。それは、ずばり「命の尊さ」だ。

「男女の違いを越えたところにある人としての命の尊さ。これは作品のテーマであると同時に基調になっています。主人公のサファイアは男女が入れ替わる。女性でもあるし男役にもなる。そういうおもしろさがあります」


サファイアを演じる高橋愛(モーング娘。)
ここにタカラヅカとの違いがあるという。

タカラヅカは理想の男性像を求めます。一方、モー娘。らが演じるのはあくまで女の子。その女の子が男性になり、女性になる。そこに中性的ななまめかしさが生まれる。これこそが今回のおもしいろさです」

つまりタカラヅカの「理想の男性像」に対し、こちらは「中性的な魅力」が軸になる。その違いは、しかし、タカラヅカの演出家にとって障害にはならないという。

「同じですよ。集まった役者たちにそって作り上げるのが舞台。外部作品の演出なら男性の俳優さんがいるときもあります。手塚先生のテーマではありませんが、アイドルであろうとベテラン俳優であろうと、ひとつひとつの命をその場その場で生かして前に進めるということでしょう」

しかし、タカラヅカとの違いといえば客層もだ。タカラヅカの客席はほぼ100%女性が埋める。モー娘。のファン層は圧倒的に男性。今回は夏休み公演だから家族層も意識しなくてはならない。

「男性客が多いといえば、戦前の少女歌劇時代のタカラヅカはそうでした。今回はいわば現在の形のタカラヅカを忘れて、当時のありさまに挑戦しているわけです」

モー娘。モー娘。として冒頭に出てくる演出も、そんな幅広い観客への配慮だ。

「演劇を見慣れていないお客さまも多いでしょう。シリアスな場面とコミカルな場面を螺旋状につなぎ合わせることでおもしろいと思っていただいているうちに、物語の中に入っていただく構造をこころがけました。宣伝文句は“ご家族で楽しめます”。これは、ぜひ書いてほしい。ははははははは」




ことし3月から基礎訓練に入った。顔合わせの席で木村が、眼光鋭く「私のいうことには絶対にしたがってもらいます」とモー娘。らに言い放つ姿がテレビ番組「娘DOKYU!〜絵流田4丁目の人々〜」(テレビ東京)で放送されたことがあった。

「演劇では演出家が絶対の権力者。大将。あの発言は普通の演劇と同じにしようと思ってのこと」と説明するが、実際にモー娘。らは、木村の期待にこたえた。そんな彼女たちを木村は「圧倒的な集中力がある」と絶賛する。

「ひとつには彼女たちが映像の世界で生きているからでしょう。テレビの世界では、いわれたことを5分でこなさなくてはならない場合もある。求められているものに対する集中力はすごい」

また、9人編成のモー娘。ならではの、集団生活も大切な要素だという。

「ひとりだけ勝手なことはできない。集団生活から生まれる根性がある」

足りないものもある。基礎訓練。タカラジェンヌは2年間宝塚音楽学校に通い必要な基礎を徹底的に学ぶ。

「ただ、モー娘。らは。ライブなど実地の経験を尋常でなく積んでいます。いきなり戦争に巻き込まれた新兵みたいに実戦経験は豊富だから、ちょっとした稽古でみるみるよくなる。成長の早さはおそるべきものがあります」

3月から半年足らずで本番を迎えるわけだが、「ふつうの人の5年にも匹敵する半年です」。

その成果の最初の現れとして木村は、今月26日発売のCD「『リボンの騎士 ザ・ミュージカル』ソング・セレクション」を挙げる。

ボイストレーニングを受けた結果劇場で出さなくてはならない声、青葉が茂るような、整理整頓(せいとん)されていないエネルギーに満ちた声になっていますよ」

もちろん舞台は生オーケストラを入れて歌う。

「すべてが冒険。スーパースターのモー娘。らを使って挑む真剣勝負の先には、新大陸があるかもしれない」




脚本・演出を手がけている宝塚歌劇月組「暁のローマ」東京公演が8月20日まで。「リボンの騎士」は8月1日から27日まで。8月は東京都内で2つの木村作品が上演される。

その「暁のローマ」は、従来とは異なる手法で脚本を書いた。きっかけは宙組「炎にくちづけを」(2005年)を観た、シェークスピア研究で有名な演劇評論家小田島雄志に「君はいつも強力にテーマを打ち立てる。シェークスピアを尊敬しているという。しかし、シェークスピアはテーマを打ち立てて作劇したことはない」と言われたことだった。


宝塚歌劇月組「暁のローマ」東京公演


「そこで今回は登場人物を追いかけながら作ってみようと考えました。カエサルは帝国を築こうとした。一方に共和制を守ろうとするブルータスがいる。帝国がよいのか共和制がよいのかではなく、登場人物同士をぶつかりあわせて作りました」

たとえばエゴイズムとの戦いというテーマは、その過程で浮かび上がってきた。

「くちはばったいようですが、政治とは人につくす仕事。他人の幸せをもって自分の幸せにするのが人間なのでは」

冒頭と終幕に霧矢大夢と北翔海莉が唐突に緞帳(どんちょう)前に現れて漫才よろしく解説をする演出は、「シェークスピアの政治劇であるというかた苦しさから観客を解放したかったから」だが、かえってビックリする観客もいたのではないかと重ねて問うと「私は冒険家です。リスクの大きいほうをとり、大冒険をして金塊をさらおうとします」。

リボンの騎士」は従来どおり「命の尊さ」というテーマを明確に打ち出して作った。

「手を替え品を替えですが、私の“体質”は一緒。つまり、人間とはどういうものなのかを知りたい。理想や神ではなく、生きている人間の、生きるとはどういうことなのかを。生きることの本質を見極めたいのです」

見極められるのかと問うと「いやあ、無理ですよ。だから、試行錯誤しながら“危ない道”を通る。死ぬまで続けるでしょう」

はははははははと、また笑う。

ところで「リボンの騎士」を読んだのは今回が3度目。学生時代と今回ともう1回はタカラヅカに入団した15年ほど前。タカラヅカでやれないかと研究したというのだ。

「エンビ服が似合う男役が演じるには弱いと判断して断念しました。同じ漫画でも『ベルサイユのばら』のオスカルは精神構造が男性。しかし、サファイアはどこまでいっても女性なんです」

本拠地・宝塚に手塚治虫記念館が完成したのに合わせてタカラヅカが上演した手塚作品は「ブラック・ジャック」だった(1994年の花組ブラック・ジャック 危険な賭け」)。

「“理想の男性像”の追求には『ブラック・ジャック』のほうがふさわしい。一方で今回のようなモー娘。ら女の子が演じるには『リボンの騎士』の枠組みのほうがよい」

モー娘。らとの仕事はおもしろいか? と、問うとこんなふうにいう。

「既存のミュージカルや海外作品のコピーじゃない。日本人による原作、脚本で成功したミュージカルがいくつあったか。それだけでもこれは大冒険。『おもしろいか』と問われて感想を述べているひまもないほど夢中です!」